イチロー選手の引退会見を観て

平成31年3月21日の日本開催でのメジャーリーグ開幕戦シリーズ、マリナーズ対アスレチックスの第2戦を最後に引退をしたイチロー選手。

試合後におよそ1時間30分近くに及んだ引退会見を観て、印象的だったシーンを抜粋して自分が考えたことや感想について備忘録的にまとめておく。

 

 

まず初めに、素晴らしい会見だったと思います。非常にフランクな第一声から始まった会見ですが、いざ質疑応答が始まると真剣なまなざしで言葉を選びつつ、哲学的というか道を究めた者にしか到達できない知見を記者に共有する。その姿はまさに"プロ"。野球選手の枠を飛び越え、そこには人としての究極のプロの姿があった。

 

以下、インタビューより抜粋

 ・第一声

「こんなにいるの!?(苦笑) びっくりするわ~(笑)」

記者の多さに面喰らうイチロー選手。リアクションがリアルで面白かったです(笑)

まあ、延長のあったナイトゲーム後ですから、そら驚きますよね(笑)

集まった記者団の緊張をほぐすために意図してフランクな入り方をしたのかは分かりませんが、この一言で場は確実に和み、記者の方々は質問しやすくなったんじゃないかなと勝手に思っています。

その後はすぐに切り替え、集まってくれた記者団に感謝を述べたあとに現役引退の旨を報告。その姿や表情は堂々としていて、そこに後悔の念やネガティブな感情は一切、見受けられなかったように思う。非常に実直で男らしかった。

 

・打ち立てた記録は小さなことに過ぎない

 

Q.一番印象に残ってるシーンは?

A.「(前略)去年の5月以降、ゲームに出れない状況になって、そのあとチームと一緒に練習を続けてきたわけですけど...それを最後まで成し遂げる、成し遂げられなければ、今日のこの日はなかった。今まで残した記録はいずれ誰かが抜いていく。 去年の5月からシーズン最後の日まで、あの日々はひょっとしたら誰にもできないことかもしれない、というふうなささやかな誇りを生んだ日々であったんですね。だから、そのことが...まぁ、去年の話ですから、近いということもあるんですけど.... どの記録よりも自分の中では...ほんの少しだけ誇りを持てたことかなというふうに思います。」

 

 

こちらの質疑応答は非常に印象深かったですね。一般的な感覚で言えば、現役生活で一番印象に残っているシーンを問われると自分の栄光時代を口にするのかなと思いきやイチロー選手は違いました。

イチロー選手は、自身が築き上げた記録の数々『大したことではない』『小さなことに過ぎない』『後輩が先輩の記録を抜くのは、しなくてはいけないこと』、と正に一刀両断。ここにイチロー選手の、記録というものは絶対的な不変なものではなく、打ち破るものとして捉える【記録論】が垣間見えたような気がします。

そういえば、日米通算ピート・ローズ氏の通算安打記録を抜いたときも「いずれ日本の記録だけでピート・ローズ氏の記録を抜く者が現れること期待する」といったちょっと皮肉めいた*1発言もしていましたね。

イチロー選手は、この質問に対して時が経てば、「今日という日(引退した日)」を最も印象に残ると前置きしつつ、その日に到達するまでの『過程』をささやかな誇りを生んだと自ら評価。

 

 

・楽しい野球への羨望

Q.ケン・グリフィーJr選手は肩の荷が降りたとき、野球が再び楽しく感じれるようになったという発言を受けて、イチロー選手は野球に対する捉え方は変わったのか?

 

A.(食い気味に)ないですね。(中略)94年。3年目ですね。仰木監督と出会って。レギュラーで初めて使って頂いたわけですけども。この年まででしたね、楽しかったのは。あとはなんかねぇ~、そのころから急に番付あげられちゃって、一気に。ずっとそれはしんどかった。やっぱり力以上の評価をされるというのはとても苦しいですよね。だからそこからは純粋に楽しいなんてことは.....。もちろん、やりがいがあって達成感を味わうこと、満足感を味わうことはたくさんありました。ただ、じゃあ楽しいかっていうとそれとは違うんですよね。

でも、そういう時間を過ごしてきて将来はまた楽しい野球をやりたいなって。皮肉なことに、プロ野球選手になりたいっていう夢がかなったあとは、そうじゃない野球をまた夢見ている自分があるときから存在したんですね。

でもこれは中途半端にプロ野球生活を過ごした人間には待っていないもの。例えば草野球ですよね。草野球に対して、やっぱりプロ野球でそれなりに苦しんだ人間でないと草野球を楽しむことはできないと思うので。だからこれからはそんな野球をやってみたいなという思いです。

 

3年目以降は野球が楽しいと感じれなかったのは衝撃ですね。最初の1、2年だけ楽しくて、あとは達成感や満足感を味わうことはあっても楽しいと感じることはないまま25年間の間現役を続けるっていうのは狂気じみているとさえ感じます。

 

会見の終盤には、「けっきょく草野球やっても、今度は草野球を究めようとするんだろうな」というような発言もされてて、つくづくイチロー選手というのは生まれながらの野球小僧で、野球を究めるという無限ループからは死ぬまで抜け出せそうにないところが個人的にはクスっときました(笑)なんなら生まれ変わってもバット振ってそうな気がします(笑)

 

・現代野球への警鐘

Q.メジャーリーグプロ野球、今後どんなところを楽しめばいいか?

 

A. ん~(数秒沈黙)。2001年にアメリカに来てから、この2019年、現在の野球は全く違う野球になりました。頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような...

まぁ、選手はみんな....現場にいる人たちはみんな感じていることだと思うんですけど...。これがどう変化していくのか。次の5年、10年.... しばらくはこの流れは止まらないと思うんですけど。

本来、野球というのは...(沈黙) ダメだな...これ言うと問題になりそうだな... 問題になりそうだな......。

頭を使わないとできない競技なんですよ。本来は。でも、そうじゃなくなってきているのがどうも気持ち悪くて。ベースボール、野球の発祥はアメリカですから、その野球がそうなってきてることに危機感を持っている人ってけっこういると思うんですよねぇ。

だから日本の野球がアメリカの野球を追従する必要なんて全くなくて、やっぱり日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしいなって思います。アメリカのこの流れは止まらないので、せめて日本の野球は、けっして変わってはいけないこと、大切にしなくちゃいけないものを大切にしてほしいなと思います。

 

 ここのインタビューの回答が個人的にもっともグッと、イチロー選手の野球に対する情熱、深すぎる愛を感じたとれた部分でした。自分は野球にあまり詳しくないのでここからは憶測になりますが、おそらくイチロー選手は、統計的なビッグデータが野球に介入する以前の古き良きスモールベースボールを本来の「頭の使う野球」と捉えているのかなと思いました。

「スモールボール」とは Wikipediaより引用

攻撃面においては、長打力(本塁打)に依存せず、出塁した走者を犠打ヒットエンドラン、機動力(盗塁)で確実に次の塁へ進め、安打犠牲フライで本塁へ生還させ、確実に1点を取ることを理想とする。スモールボールの思想の根幹を担うのが“アウトの生産性”という概念である。スモールボールでは、アウトには生産的なものと非生産的なものの2種類があると考える。生産的アウト(Productive Outs)とは、犠打や進塁打、犠牲フライなど走者を次の塁に進めたり得点をしたアウトのことである。スモールボールでは、いかに生産的なアウトを多くするかを重要視する。これは選手の査定にも反映される。

しかし、イチロー選手の言う頭を使う野球とは逆行する、「フライボール革命」というのが現代のメジャーでは流行しています。これはNHKでも取り上げられたことのある言葉で、要約すると近年のデータ分析・解析によって各打者の”打球方向”がより鮮明になったため、打者個人に対する堅牢な守備シフトが敷かれてしまい野手間をゴロ打ちで抜くのが難しくなった。そしてこのアンチ・守備シフトとして生まれたのが、「フライを打つということ」。

さらにデータ解析が進むと、「バレルゾーン」という打球速度158km/h以上、打球角度30度前後の黄金ゾーンが発見され、例えば打球速度161km/h、角度27度で弾を打つと52%の確率でホームランになるということがデータ解析により判明している。そして、このデータ的事実がヒットを繋いでいくという野球より、7番であろうと8番であろうとアッパースイングでブンブンワンチャンスを狙っていく光景を生んでいるのかもしれない。

どういう野球が楽しいか、好みなのか正直そこは人それぞれあるだろう。細かくチームで繋いで1点を取っていく野球が好きな人もいれば、豪快なホームランがバンバン出る野球が好きな人もいるだろう。

しかしイチロー選手は野球に対する愛ゆえに、一度は「問題になるかもしれない」と口をふさごうとしたが、結局胸の内を赤裸々に話してくれた。この言葉には、一人の野球人として、野球がいつまでたっても楽しいものであってほしいという切なる願いが込められているような印象を受け感動しました。個人的にはこの言葉はアメリカの野球を愛する人たちへ届くといいなと思う次第です。ぜひ、野球ファンの間で議論を呼び起こしてほしいなと思います。

 

会見では、そのほかには子供たちへのメッセージをはじめとして菊池投手のエピソードや、大谷選手への期待弓子夫人への感謝の言葉日本とアメリカのファンへの言葉、そのほかにも、たくさんのことについて語ってくれました。野球だけに限らず、自分の人生の糧になるようなお話ばかりでこれを無料で聞けるなんてほんとにいいのかってくらいでした(笑)

 

最後に

 

わけのわからない自己啓発本なんか捨てちまえ!そしてこの会見を観るんだ!

www.youtube.com

 

*1:日本プロ野球のほうが年間試合数が少なく安打数を稼ぐのが難しいため